|機関紙 =
|政党交付金 = 1億1,500万
|交付金算定基準 = 2009年1月現在
|ウェブサイト = http://shintokaikaku.jp/ 新党改革
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|その他 =
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2010年4月、改革クラブ(かいかくクラブ、)から現在の党名に改称。
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8月に結成。民主党執行部の党運営に反発する渡辺秀央らと自民党への復帰を望む荒井広幸らにより「改革クラブ」として結成される。結党の翌月から政党助成法上の要件を満たす政党であったが、2009年8月30日投開票の第45回衆議院議員総選挙後の一時期、国会議員が定数を満たさず、政治団体に転落していたことがあった。なお、1998年から2000年まで国会に議席を有していた改革クラブとは構成メンバー・政策などいずれの面からも無関係である。
2010年4月23日、自民党を離党した舛添要一を代表として政党名を現在の「新党改革」に変更し、自民党との統一会派「自由民主党・改革クラブ」を解消。舛添以外に第22回参議院議員通常選挙で自民党の公認を得られなかった矢野哲朗・小池正勝が入党したが、改革クラブ結党時のメンバーであった大江康弘と唯一の衆議院議員であった中村喜四郎との2名が舛添への反発から離党した。大江はその後幸福実現党に入党、中村は新会派「自由民主党・無所属の会を結成し、引き続き自民党との統一会派で活動している。
改革クラブ時代は原則として党議拘束を行っていなかったが、新党改革以降もその方針が維持されるのかは不明。
改革クラブ結党まで
民主党参議院議員の渡辺は、自由党に所属し、小沢一郎の側近として民由合併を積極的に進めたが、の第20回参院選に出馬した際、小沢の支援を得ることができず、渡辺を師と仰ぐ大江康弘とともに小沢と距離を置くようになった。
郵政民営化をめぐり自民党を離党し新党日本結成に参画した荒井は、党代表である田中康夫の党運営に反発して離党、自民党と統一会派を結成したが与党が参院において少数派であったことから影響力を発揮することができなかった。
そのような状況で民主党離党を決意した渡辺・大江は、荒井と同じく参院で孤立していた松下新平と新党結成を画策した。当初はこの4人に加えて民主党の姫井由美子も参加する予定であったが、前日の8月28日に新党立ち上げが明るみに出ると、姫井は民主党執行部の説得を受けて翻意、記者会見直前で参加を取りやめた。また渡辺が強い影響力を持っていた新潟県でも菊田真紀子ら民主党国会議員の追随はなく、逆に渡辺の影響力低下を示す結果となった。
そのため、発足当初は政党交付金の受給資格である「国会議員数が5人以上」をクリアできず、政党助成法上の政党に該当しない政治団体として扱われていたが、9月24日に衆議院議員で無所属の西村眞悟が加わったことにより政党助成法上の政党要件を満たし、同日付で政党としての届けを総務省に提出し受理された。
結党2日後の9月1日に福田康夫総理大臣が辞意を表明し、次期自民党総裁の選出と衆議院の解散総選挙の日程が政治の焦点となった。さらに9月半ばから世界的な金融危機が勃発したため、改革クラブへの社会的関心は急速に薄れることとなった。
自公政権と共に
2008年9月24日に召集された第170臨時国会の冒頭に行われた内閣総理大臣指名選挙では、参議院において改革クラブの4人は1回目・決選投票の双方とも自民党総裁・麻生太郎に投票した。一方、衆議院で唯一の所属議員である西村眞悟は麻生でなく平沼赳夫に投票した(1回目で麻生が過半数の票を獲得したことに伴い決選投票は行われず)。
12月16日、首相官邸の麻生太郎総理大臣に、「五項目の要望書」(事業規模23兆円の追加経済対策の成果を確実にあげる・世界的な金融危機突破のために躊躇せず財政出動を行う・拉致問題解決に全力を尽くす・その他)を提出した。
第170回国会にて、12月24日に「クラスター爆弾禁止条約の批准を国会承認しないことに関する請願」を、翌2009年2月25日に「パチンコ店における出玉の換金行為を取り締まり、完全に違法化することに関する請願」・「憲法第九条第二項のみを改正し、自衛権及び自衛隊の存在を明記することに関する請願」を衆議院に提出。また7月には第171回国会に「政府広報テレビの開設を求めることに関する請願」を衆議院に提出した。
「野党」転落後
第45回衆議院議員総選挙には自公政権の“与党”(閣外協力)として参加しており、「麻生内閣の継続」を明確に訴えた。選挙では西村のみが大阪府第17区から比例近畿ブロックとの重複で立候補したが落選した。西村の落選で現職国会議員が結成メンバー4人に戻り、再び政党要件を喪失した。
9月11日、参議院で自民党と統一会派「自由民主党・改革クラブ」を結成した。
第172特別国会では、自民党が首班指名選挙で麻生総裁の辞任で空席となっていた総裁の代役として若林正俊・自民党両院議員総会長に投票した際に改革クラブも自民党に同調し、若林に投票した。
10月16日、無所属で政治活動を続けていた中村喜四郎が入党し、政党要件を回復。10月19日には、衆議院でも自民党と統一院内会派を組むことで合意した。
12月25日、松下新平が第22回参議院議員通常選挙で自民党公認で出馬する意向を示した。松下が離党すると政党助成金をもらえる政党要件を満たさなくなってしまうところであったが、参議院議員山内俊夫が2010年1月5日に自民党を離党、1月8日に改革クラブに入党したため、政党要件を維持した。その後、松下は1月14日に離党、翌15日に自民党に入党しており、松下と山内は両党間でトレードのような形で移籍したことになる。なお、改革クラブのホームページでは今回の出来事が全く記載されていない。所属議員紹介のところには山内の名前が載っているものの、山内個人のホームページのプロフィールは自民党所属のままである。
舛添要一の合流と党名変更
2010年4月、自由民主党を離党した舛添要一らが改革クラブに合流し、名称変更(対外的には新党結成)する動きとなる。新たな政党結成ではなく党名変更であるため、改革クラブへの政党助成金の交付はこれまで通り受けることができる。なお、舛添は、自由民主党の参議院比例代表選出議員であるが、2007年の当選時には改革クラブは政党として存在していなかったため、公職選挙法の定める移籍の制限には抵触しない。
4月23日、舛添代表が都内で「新党改革」の結成会見を行った。
6月の鳩山由紀夫内閣総辞職に伴う首班指名選挙では舛添代表を全員支持(無所属・無会派で舛添と東大法学部同級生で同い年の親友で1999年東京都知事選挙で戦った鳩山邦夫も衆院で唯一支持)。
7月11日に行われた第22回参議院議員通常選挙において、比例区での得票率が2.0%となり、政党助成法における政党要件を引き続き満たし、2016年7月までは国会議員が1人以上所属していれば政党要件を満たすことになった。だが議員数は参議院で6人から2人へと激減し、活動に制約がかかることから7月16日にたちあがれ日本と参議院で統一会派「たちあがれ日本・新党改革」を結成した。参議院会派としては5人となる。5人のうち3人が安倍晋三会長・平沼赳夫最高顧問の創生日本メンバーである。
2011年8月の菅第2次改造内閣に伴う首班指名選挙では1回目は舛添支持した。決選投票においては自由民主党・公明党だけでなく同会派のたちあがれ日本も自由民主党総裁谷垣禎一を支持した中、白票を投じた。
; 改革クラブ時代
*
** 8月29日 - 参議院議員4人により結成。参加予定であった姫井由美子が直前に翻意し、政党要件を満たさない政治団体として発足。
** 9月24日 - 無所属(元民主党)の衆議院議員・西村眞悟が参加。所属国会議員が計5人となり政党要件を満たす。
*
** 8月30日 - 第45回衆議院議員選挙で西村が落選。所属国会議員が参議院の4人のみとなり、再び政党要件を満たさない政治団体となる。
** 9月11日 - 参議院で自民党との統一会派「自由民主党・改革クラブ」を結成。
** 10月16日 - 無所属(元自民党)の衆議院議員・中村喜四郎が入党、所属議員が5人となり、政党要件を回復。
** 10月19日 - 衆議院でも自民党との統一会派を結成することで合意。
*
** 1月8日 - 山内俊夫参議院議員(5日に自民党を離党)が入党。
** 1月14日 - 松下新平参議院議員が離党(翌15日、自民党に入党)。
** 4月22日 - 中村喜四郎衆議院議員が離党。
** 4月23日 - 大江康弘参議院議員が離党。
; 新党改革時代
*
** 4月23日 - 党名を「新党改革」に変更、自民党を離党した舛添要一参議院議員が代表に就任。矢野哲朗・小池正勝の両参議院議員が入党。これに伴い、自民党との衆参の統一会派を解消。
** 7月11日 - 第22回参議院議員通常選挙で比例区の1議席を獲得。
* 新しい政治のモデルを作る
** 政・官・業・組合の癒着を断つ
** 誰もが参加できる政治へ
** 政治主導の確立
** 行政現場第一主義
** 憲法改正
* 国際社会の中で、夢と希望ある日本へ
** グローバル社会の中での生き残り戦略
** 内向きの日本を打破
* 日本の改革を断行
** 地方分権を推進し、道州制を導入し、国の新しいモデルと作る
** 改革を行い、国民の暮らしを豊かに
* 国民に安心を
** 安定した外交・安全保障
** 安心して働き、全員が働ける社会を作る
** 歳入歳出一体改革
** 医療・介護・子育てを充実させる
** 地域コミュニティを再生させる
** 国を守る農林水産業へ
** 地球規模の環境対策
以下は旧改革クラブ時代の政策である。
* 強い・明るい・誇りある日本をつくるための改革
* 北朝鮮による拉致被害者の救出
* 自主憲法の制定
* 中選挙区制の復活
* 外国人参政権・人権擁護法案への反対
* 金融機能を安定させ、同時に景気を早急に回復させ、国民生活を守る。
* 社会保障制度を改革し、将来にわたって不安のない生活を保障する。
* 格差がなく、将来に希望が持て、安全で安心な社会を実現する。
* 地球環境や世界平和へ貢献するとともに、日本という国のあり方を見直す。
* 地域の活力を取り戻し、農林水産業の活性化と地域の自立を図る。
* 拉致被害者救出の国民運動を推進する。
* 健全な財政と信頼される行政を確立する。
執行部役員
代表||代表||舛添要一(参議院議員)
幹事長||幹事長||荒井広幸(参議院議員)
歴代代表一覧
代表 ||代表 || 期 || 就任日 || 退任日
初||初||60px || 渡辺秀央 || style="text-align:center" | 1 || 2008年8月29日 || 2010年4月22日
2||2||60px || 舛添要一 || style="text-align:center" | 1 || 2010年4月23日 || (現職)
所属国会議員
参議院議員||参議院議員
2013年改選||2013年改選||舛添要一(比例代表)
2016年改選||2016年改選||荒井広幸(比例代表)
衆議院
選挙||選挙||当選/候補者||定数||備考
(結党時)||(結党時)||0/-||style="text-align: right;"|480||
第45回総選挙||第45回総選挙||●0/1||style="text-align: right;"|480||
(2009年10月)||(2009年10月)||1/-||style="text-align: right;"|480||中村喜四郎入党
(改称時)||(改称時)||0/-||style="text-align: right;"|480||中村喜四郎離党
参議院
* 当選者に追加公認は含まず。追加公認には会派に加わった無所属を含む。
選挙||選挙||当選/候補者||非改選||定数||備考
(結党時)||(結党時)||4/-||||style="text-align: right;"|242||
(改称時)||(改称時)||6/-||||style="text-align: right;"|242||入党+3、離党-1
第22回通常選挙||第22回通常選挙||●1/12||style="text-align: right;"|1||style="text-align: right;"|242
地方議員
* 地方議員:0人(2009年12月31日現在)
** 都道府県議会:0人
** 市町村議会:0人
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