津島 恭一(つしま きょういち、1954年(昭和29年)2月4日 - )は日本の政治家、衆議院議員。民主党所属。
曽祖父は元衆議院議員・貴族院議員の津島源右衛門。祖父の兄に青森県知事や衆議院議員を務めた津島文治。祖父の弟は作家の太宰治、その婿養子である元衆議院議員津島雄二(自由民主党津島派(現:額賀派)の領袖)も遠戚にあたる。
青森県北津軽郡金木町(現在の五所川原市)出身。武蔵大学経済学部卒。卒業後、田沢吉郎の政策担当秘書となる。
1996年、第41回衆議院議員総選挙に青森4区から自由民主党公認で立候補するも新進党公認の木村太郎に敗れて落選。
2000年、第42回衆議院議員総選挙に比例東北ブロック自由民主党6位で立候補し落選。2003年5月2日、御法川英文の死去により繰上当選。同年の第42回衆議院議員総選挙では比例東北ブロック自由民主党5位で立候補し当選。
2004年11月16日、自民党の当選1~2回の衆議院議員32人による派閥横断の政策勉強会「大風」を結成し、会長に就任。会の趣旨書には、「『改革』という言葉ですべてが好転するという発想を卒業しなければならない。われわれは一人のヒーローを選ぶのではない」との記載があった。政治家の年金未納問題が注目された際に年金の未納が発覚している。
2005年7月5日、郵政国会において衆議院本会議で郵政民営化法案に反対票を投じた。同年8月12日に自由民主党を離党し(その後自民党から除名された)、8月23日に国民新党に参加。同年の第44回衆議院議員総選挙で青森4区から出馬するが、自民党公認の木村太郎に敗れた。
2007年の参議院議員通常選挙には比例区で国民新党から出馬したが、3位で落選。
2008年10月28日国民新党を離党し、同年11月2日民主党に入党。翌年の第45回衆議院議員総選挙では三度青森4区から出馬し小選挙区で木村に敗れたものの、比例復活で3度目の当選と国政復帰を果たした。