1966年、静岡県熱海市の生まれ。中学2年生の時に『東京宝映(現:宝映テレビプロダクション)』に入所する。15歳で親元を飛び出し単身上京、劇団制作の舞台『たけくらべ』に出演。1982年、昼ドラマ『燃える女(妻そして女シリーズ)』に子役として抜擢され、これが実質的な女優デビューとなった。以後、1983年に『おはようスタジオ』のレギュラーとなったほか、1984年の『欽ちゃんのどこまでやるの!?』では、ミニドラマで斉藤清六と共演するなどタレントとしても活躍。
しかし1986年には芸能界から距離を置くことになる。
その後の約12年間は一般人として様々な仕事と経験をする。またこの間に、幼少期の境遇・体験を通して素のまま・有りのままの自分を表現したい、自らを昇華させたいとする願望や欲望のようなものが、ひとつの決意に向けて高まっていった。
1998年10月、成人映画(ピンク映画)で女優再デビュー。ほぼ同じ頃にVシネマ、続いてビデ倫作品やインディーズへも進出し「演技派の熟女優」として一躍人気を博す。なかでも1999年リリースの『義母さんもうガマンできない 瀬戸恵子(監督:長崎みなみ)』は、卓越した演技力と女流監督の木目細かい演出が相俟り「女性視点による性表現」に新風をもたらす傑作となった。またこれら垣根を越え、役者として出演することにおいては一貫して本名を用いる。
2006年8月、それまで断続的に続いていた女優業であったが、性教育関連教育(日本家族計画協会主催)修得をきっかけに引退を表明。自身の制作によるドキュメンタリー作品が最後の出演となった。
なお、公式ウェブサイトを軸とした「オンリーワン全て」の表現活動は現在も続行中。
2011年5月下旬からは、これからの人生を0.02の裸眼で生きることを表明。
生きること自体をアート(創造)として表現する「日常アーティスト」として、活動開始。