大川きょう子大川きょう子(おおかわきょうこ) の詳細情報
大川 きょう子(おおかわ きょうこ、本名:大川恭子、旧姓:木村 → 中川、1965年8月22日 - )は、幸福実現党党首(2代目)だったが、宗教法人「幸福の科学」総裁で夫の大川隆法から永久追放処分を出される。
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秋田県由利郡矢島町(現由利本荘市)出身。矢島町立矢島小学校、秋田大学附属中学校、東京学芸大学附属高等学校、東京大学文学部英米文学科卒。実家が医者であったため両親は兄が医者になれなかった場合きょう子を医者にしようと考えていたが、兄が医学部に進学したためそのプレッシャーから解放される。初のデートで大川隆法にプロポーズされ、内定していた外資の金融機関を病気を理由に辞退する。1988年4月に大川隆法と結婚し、三男二女がある。幸福の科学では、主宰補佐、総裁補佐、アフロディーテ会会長、副総裁を経て、全役職を解かれたのち、一時立宗名誉補佐、名誉相談役などがあるが、永久追放処分とされた[『月間FACTA』幸福の科学に「異変」 教祖夫人を一信者に降格-]
(2008年11月号)。
幸福の科学の教団施設である東北・田沢湖正心館(当時は秋田・田沢湖正心館)や秋田信仰館(当時は文殊館)は、大川きょう子の出身地にあるため、準聖地と位置づけられていた時期が過去にあった。教団内では、長らく「アプロディーテー、文殊菩薩、フローレンス・ナイチンゲールの生まれ変わり」とされていたが、教団との争いを機に、大川隆法総裁の霊言によるリーディングによってその過去世が公開の場で探求されたところ、クリミア戦争時のイギリスの看護師の一人、江戸時代の秋田県の修験道の女修行者、キリストを裏切ったイスカリオテのユダであることが判明したとされている。
幸福実現党
2009年5月25日、幸福の科学を母体とする幸福実現党の結党に参加し、党首代行となる。
同年7月21日の衆議院解散を受け、きょう子の夫で「幸福の科学グループ創始者 兼 幸福実現党創立者」の大川隆法が党総裁に就任し、第45回衆議院議員総選挙へ比例東京ブロック名簿順位1位で立候補する事を表明。これに従い、同ブロック名簿順位1位に予定されていたきょう子は2位となった。
更に同年7月29日、非信者のドクター中松が党特別代表に就任し同党から次期衆院選挙に出馬する事を表明、きょう子に代って比例東京ブロック名簿順位2位に記載される事が党から発表された。きょう子は党宣伝局長に就任し、出身地に移動して比例東北ブロック名簿順位1位で出馬する予定と発表された。
同年8月15日、きょう子は党役員をおり、総裁に残った夫の隆法と共に立候補予定を撤回したが、隆法は翌16日に一転して比例近畿ブロック名簿順位1位で出馬する事を再表明した。18日に党が発表した最終候補者名簿にきょう子の名は無かった。結局、本人の国政選挙立候補は無かった。
2010年10月28日、幸福の科学を名誉勇退の処分を受ける。加えて2011年2月22日、幸福の科学はきょう子を永久追放(除名)の懲戒処分とした。処分の理由としては、「三宝帰依違反、和合僧破壊の罪、在職中における教団に対する多大の人的・経営的損失の責任、複数の週刊誌を用いた教団に対する様々の名誉毀損・虚偽の風説の流布行為、数々の言葉で神聖なる信仰の対象 主エル・カンターレを汚した行為、霊言・霊示への愚ろう行為、神聖な霊言に名誉毀損なる言いがかりをつけた行為、教団財産の詐取を企図した行為等による」と教団から発表されている。きょう子は平成23年2月3日号の週刊新潮で、別居中の隆法に党首就任をしつこく要請された事を明らかにした。
:「また子供たちに会えるかもしれない、仕事で貢献すれば家に帰してもらえるかもしれない、と考えたのです。こんなことを言うと有権者の方々に叱られてしまうかもしれませんが、私は政治の世界で何かがやりたいことがあったわけではない。取材などで”政治家として”なんて聞かれると”ああ”何だか申し訳ないな”という気持ちになりましたね」
:「選挙期間中に私は”1人も勝てない!”と騒いでいた。”どうしてこういう出鱈目なことを始めたのか”と総裁を非難する立場にいたのです。それでも、昨年2月に娘の受験が終わったら家に戻してもいい、という話を総裁はしていた。私はそれを信じて待っていたのです。ところが、それも裏切られて」
と述べ、党首に就任した理由が子供に会いたかったからである事を告白。会員数を元に比例区の票を予測し、実際に近い数字だった事、教団の理事もわかっていた事、没収された預託金11億円が教団にとって大した金額ではない事を暴露した。
また子供から悪魔と言われるのは辛い事、財産は渡さない、子供にも会わせない事を理由として「こういうのをカルトと言うのではないでしょうか?」と述べている。約20年の教団の仕事においては隆法に次いでNo.2であったため、年収も2億を超えてかなりの財産をもっているが、離婚に当たっては隆法の財産の半分を求めている。
同年2月24日、教団と夫に対し、名誉毀損で1億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。なお、東京家裁に対して離婚調停も起こしている。
すべて絶版。
* 「愛を与えることの幸福」(海竜社・1991年)
* 「開運の方法」(幸福の科学出版・1991年)
* 「ひとにぎりの愛を」(幸福の科学出版・1992年)
* 「母としての幸福」(幸福の科学出版・1993年)
* 「ほんとうの自分をさがして」(幸福の科学出版・1994年)
* 「運命を開く鍵」(幸福の科学出版・1994年)
* 「未来への贈りもの」(幸福の科学出版・1995年)
* 「母親の価値ある仕事」(幸福の科学出版・1996年)
* 「未来をはぐくむ教育法」(幸福の科学出版・1997年)
* 「守護霊の秘密」(幸福の科学出版・2006年)
* 「文殊菩薩について」(宗教法人幸福の科学・2007年)
* 「矢島町の思い出」(宗教法人幸福の科学・2007年)
* 「人生すべてに学びあり」(幸福の科学出版・2007年)
* 「「幸福実現党」党首の決断」(幸福の科学出版・2009年)
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