: 文蔵は、19歳で父を失った
[今井久夫著『反骨の宰相候補 中川一郎』240頁]。以来、文蔵はたったひとりで一家眷族(いっかけんぞく)を養うことになった
。ある時は田地田畑の作物が全滅し、また牛や馬が人手に渡ったことも一度や二度ではなかった
。子沢山の文蔵とセイは一生懸命働いた
。
: 広尾町議になった文蔵はある時陳情のため北海道庁に出かけた
[内藤國夫著『悶死 中川一郎怪死事件』 74頁]。道庁の役人は、ろくに相手にしなかった
。その時の口惜しさから、「お前は役人になれ」と一郎に命令し、両親思いの一郎は、父の命ずるまま役人になった
。
: 政治評論家の今井久夫によると「村議となった文蔵はある時陳情のため札幌の道庁に出かけた
。そこで受けた待遇が文蔵の頭にカチンときた
。そのカチンが中川の運命を左右する
。道庁の役人は、田舎の村議をまるで虫ケラの如く扱ったのである
。その尊大な、威張り散らした態度に、文蔵は屈辱を覚えると同時に、ハラの底から怒りがこみあげてくるのを押えることができなかった
[今井久夫著『反骨の宰相候補 中川一郎』240-241頁]。“よーし、この仇はとってやる”文蔵はそう決意する。そのためには文蔵は長男の一郎を一流の官吏に育てあげ、道庁の木っ葉役人どもを見返すほかはない
[今井久夫著『反骨の宰相候補 中川一郎』241頁]。文蔵は中川に後事を托するような気持で中川の成長を見守り、その出世(しゅっせ)を期待する
。…」。
: 一郎は政界入りしてからは、要職を歴任したが、不慮の死を遂げた。
┏真理子
┏中川昭一━━━━┫
┏中川一郎━━━━┫ ┗男
┃ ┗男
中川文蔵━━━━━╋中川正男
┃
┗中川義雄━━━━━中川賢一