木内 孝胤(きうち たかたね、1966年8月30日 - )は、日本の政治家。民主党所属の衆議院議員(1期)。
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木内昭胤の次男として東京都に生まれる。慶應義塾大学経済学部を卒業後、三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)に12年間勤務(営業本部営業第6部、ロンドン支店等)。その後、ドイツ証券、UBS証券、メリルリンチ日本証券(投資銀行部門マネージング・ディレクター)にて、投資銀行家としての経験を積んだ。しかし、政治家への志捨てがたく、民主党の次期衆議院選挙の東京9区の公認内定予定者となったことから、2008年8月をもってメリルリンチ日本証券を退社、政治活動を開始した。同年同月より民主党衆議院東京都第9区総支部長。2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙に東京都第9区から出馬し初当選を果たす。
AERA(08年10月20日号)によると、メリルリンチ時代にリクルートによるスタッフサービス買収を手掛けた億円プレーヤー。同期当選の網屋信介、高邑勉(共に民主党)も、メリルリンチ出身。
学歴
*1966年 東京都生まれ
*1977年 英国ロンドン私立ハイゲートスクール編入
*1980年 成蹊中学校2年に編入
*1982年 成蹊中学校卒業
*1985年 成蹊高等学校卒業
*1989年 慶應義塾大学経済学部卒業
職歴
*1989年 株式会社三菱銀行(現 三菱東京UFJ銀行)入行
*2001年 ドイツ証券入社
*2005年 UBS証券入社
*2006年 メリルリンチ日本証券入社
*2008年 メリルリンチ日本証券退社
木内家は、鎌倉時代、千葉一族の重臣として活動した木内氏を源流とする一族だが、木内重四郎(1866年-1925年)の時代に再び脚光を浴びる。重四郎は、千葉中学校を首席で卒業、東京帝国大学を卒業後官界に入り、官僚として頭角を現し、京都府知事、貴族院議員を務めた。
重四郎は、その人望、将来性を買われ、三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎の次女・磯路と結婚。従って岩崎久弥(弥太郎の長男で三菱の3代目総帥)、加藤高明(春路夫人は岩崎弥太郎の長女)、幣原喜重郎(雅子夫人は岩崎弥太郎の四女)は重四郎の義兄弟にあたる。
重四郎の次男・木内信胤(経済評論家)は元世界経済調査会理事長で勝共運動(国際勝共連合)を応援する会座長であり、統一教会(世界基督教統一神霊協会)と深い関わりをもつ(但し信胤は最晩年に統一教会及び勝共連合と絶縁した)。信胤の妻・多代は福澤諭吉の孫娘であり、重四郎の娘登喜子は、第一国立銀行の創始者・渋沢栄一の嫡孫である渋沢敬三に嫁いだ。
重四郎の長男・良胤は外交官、良胤の長男・昭胤もマレーシア大使、タイ大使、フランス大使を歴任した外交官で、田中角栄元総理の総理秘書官も務めた。昭胤は白州次郎と深い親交もあった。なお良胤の妻、すなわち昭胤の母・淑子は宮内官僚・関屋貞三郎の長女。
したがって、木内家は岩崎家、渋沢家、福澤家及び関屋家と姻戚関係で結ばれていたことになる。
孝胤からみると、良胤は祖父、重四郎と関屋貞三郎は曾祖父、そして岩崎弥太郎は高祖父にあたる。
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