青森県上北郡横浜町出身。弘前学院大学文学部英米文学科を卒業後、結婚を機に北海道根室市に転居する。中学校の臨時講師を経て、英語塾を開設。
1989年、根室市議会選挙に日本社会党から出馬し、当選。以後3回連続当選。
2000年、任期途中で市議を辞職し、第42回衆議院議員総選挙に北海道第13区から民主党公認で出馬するが、自由民主党の北村直人に敗れ、落選。
2003年の第43回衆議院議員総選挙では北海道第7区から出馬し、再び北村に小選挙区で敗北したが、重複立候補していた比例北海道ブロックで復活し、初当選する。
2005年の第44回衆議院議員総選挙では北海道7区で北村を破り、初めて小選挙区で当選を果たした。なお北村は、解散のきっかけである郵政民営化法案の採決では棄権した。
2009年の第45回衆議院議員総選挙では、自民党が擁立した前釧路市長の伊東良孝に敗れ、比例復活により3選。2005年の総選挙で民主党が議席を獲得し、2009年の総選挙で自民党が議席を奪った選挙区は全国でも北海道7区のみである。小沢一郎に近いと言われると共に、地盤の根室市が共通する鈴木宗男元代議士の新党大地と共闘関係である。現在、民主党の常任幹事会の一員(北海道地区代表常任幹事)として、政府・民主党幹部に連なる。2011年の統一地方選前半戦である4月10日投票の北海道議会議員選挙では根室管内選挙区で、民主党公認・新党大地推薦として実妹の秘書・浜田真佐子を立候補させたが、自民党現職の中司哲雄に敗れた。統一地方選後半選である2011年4月24日投票の釧路市議会議員選挙では、引退した福祉運動家・藤原勝子の後継として、民主党公認で北見の松木謙公事務所から仲野の秘書に転じた大島毅を立候補させ、大島は、かって福祉に強い婦人市議としてトップ当選したことある藤原の支持層を吸収しきれず、28人中24位の下位であったが初当選を果たした。2011年9月、野田内閣の農林水産政務官に就任。