本多 平直(ほんだ ひらなお、1964年12月2日 ‐ )は、日本の政治家。民主党所属の衆議院議員(当選2回)。内閣総理大臣補佐官(内政の重要政策に関する省庁間調整担当)。松下政経塾第9期生。国のかたち研究会(菅グループ)に所属。妻は衆議院議員の西村智奈美で、結婚の媒酌人は菅直人が務めた。
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北海道札幌市に生まれる。1988年3月北海道大学法学部卒業。1992年3月松下政経塾卒塾、第9期生。同期には松野博一、市村浩一郎、秋葉賢也、井戸正枝などがいる。田並胤明の後任として埼玉12区に出馬するも第43回衆議院議員総選挙では、12区及び比例北関東ブロック共に次点で落選。その後、4月21日 木下厚の埼玉8区補欠選挙出馬に伴い、繰り上げ当選を果たすものの、2005年の郵政選挙にて再び落選する。2008年9月12日、次期衆議院選挙の民主党の第一次公認候補(埼玉12区候補)に決定。 2009年8月30日投開票の第45回衆議院議員総選挙で自民党現職小島敏男を下し、当選。国政に復帰した。
「薬害エイズ問題」をはじめ「民主党薬害肝炎ワーキングチーム」では事務局長を務めるなど医療、福祉分野で活躍してきた。平成17年3月に(厚労省の「新型インフルエンザ対策推進本部」は平成17年10月に設立)「新型インフルエンザ対策」についていち早く取り扱う。当時の厚労省のワクチンの備蓄の不備・警察や消防へのワクチン配分などの問題点を指摘した。他にも国会で花粉症問題を取り扱うなど、短い任期の中で医療、福祉問題に多く関わり、現在の後期高齢者医療制度には否定的な立場を取っている。
民主党内での安全保障政策の第一人者という側面もある。衆議院議員時代には「安全保障委員会」「イラク支援特別委員会」などに所属し、安全保障政策で精力的に活動をおこなう。国会においてミサイル防衛構想やテロ問題、自衛隊装備品の調達の統合の意見など、具体例を元に現実的な質問や提言を数多く行っている。
表現規制問題やコンテンツ規制問題に理解があり、メディア規制に否定的である。枝野幸男の政策秘書時代には児童ポルノ禁止法連立与党案の修正における中心的な役割を担った。
菅内閣発足に伴う民主党執行部人事では、枝野幸男幹事長の側近として副幹事長に新たに就任した。
2011年9月の野田内閣発足に伴い、内閣総理大臣補佐官(内政の重要政策に関する省庁間調整担当)に就任。
* 年金未納問題では自身も1年7ヶ月の未納期間があった。
* 好きなものは、ビール・カラオケ・温泉
* 途上国中心に40カ国以上を訪れている。
* サマータイムに懐疑的である。
*1964年
**12月2日 北海道札幌市で出生。
*1983年
**3月 北海道札幌南高等学校卒業。
*1988年
**3月 北海道大学法学部卒業。
*1992年
**3月 松下政経塾卒塾。
**4月 新党さきがけ政策スタッフに就任。
*1994年
**4月 枝野幸男政策担当秘書に就任。
*2003年
**7月 民主党埼玉県第12区総支部長に就任。
**11月9日 第43回衆議院議員総選挙(埼玉12区、民主党公認)落選、75,439票。
*2004年
**4月21日 木下厚の補欠選挙出馬に伴い、比例北関東ブロックの順位繰り上げで初当選。(一種の比例復活)
*2005年
**9月11日 第44回衆議院議員総選挙(埼玉12区、民主党公認)落選、84,705票。
*2008年
**9月12日 次期衆議院選挙の第一次公認を受ける。
*2009年
**8月30日 第45回衆議院議員総選挙(埼玉12区、民主党公認)当選、138,727票。国政に復帰。
*2010年
**6月 民主党副幹事長に就任。
*2011年
**9月5日 内閣総理大臣補佐官(内政の重要政策に関する省庁間調整担当)に就任。
*平和・安全保障
*社会保障(特に医療)
*行政改革
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