250px|thumb|蓮舫(2008年1月25日)
内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全、行政刷新担当、節電啓発等担当、公務員改革担当)、内閣総理大臣補佐官を歴任。夫はフリージャーナリストの村田信之。台湾の大物政治家陳唐山とは遠戚の関係である。
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台湾・台南県白河鎮出身で、主に日本の企業との間で貿易業を営んでいた父・謝哲信と、「ミス・シセイドウ」だった日本人の母・斉藤桂子の長女として生まれた。父方の祖母である陳杏村は、「戦時中に上海で日本軍を相手として富を築き、戦闘機を日本軍に寄付するなどした。戦後は漢奸として起訴されたが、中国国民党の地下工作員であったので無罪となった」と報じられているが、蓮舫事務所は否定している。
青山学院幼稚園、青山学院初等部、中等部・高等部、青山学院大学法学部公法学科卒業。1995年から97年にかけては北京大学漢語中心に留学。
芸能界デビューは1985年、17歳の時に出演したNTTのテレホンカードCM。音響機器メーカーのキャンペーンガールである「1988年度クラリオンガール」として青山学院大学在学中に芸能界にデビューした。なお、大学時代に両親に車が欲しいと頼んだが買ってもらえなかった。クラリオンガールへの応募理由は、自分が欲しかった車(日産・フェアレディZ)の価格が、優勝賞金と同額であったためである。見事グランプリを受賞し、車も購入した。
当初は日本テレビのバラエティ番組などを中心に活動していた。1993年、テレビ朝日の報道番組『ステーションEYE』の司会に抜擢されて以降、ジャーナリスト活動も活発となった。阪神・淡路大震災の際には現場から約一週間レポートを行っていた。
エピソード
* 一時期、「なまいき蓮舫」として親しまれた。金谷ヒデユキが黒猫のタンゴの替え歌でネタにしていた事がある。
* 1990年、日本テレビ系『スーパージョッキー』のアシスタント司会に抜擢されたが、メイン司会者のビートたけしから「はすぶね(舫の字が船に似ているため)」や「ふなかた(舫の字が舟と方に分けられるため)」などと名前をいじられた。また同じ頃、「頭の回転が良く、早口な人が好き」だからと、舛添要一からプロポーズを受けたという。
* 1991年頃、フジテレビ『北野ファンクラブ』のスタジオに乱入。たけし、高田文夫らから暴言を吐かれる。特に当時、彼女がテレビCMに出演していたサッポロビール黒ラベルの話になると、暴言はエスカレートしていった。その際に、「歴代クラリオンガールで最も写真集が売れなかったのは蓮舫です」とたけしにネタにされた。
* 『3時にあいましょう』の司会を務めていた当時、同じスタジオで収録されていた『料理天国』にゲスト出演した際に、同番組の司会を務めていた芳村真理の名を、自分が司会・キャスター業を目指したきっかけとなった人物として挙げた。以来、芳村とは親密な間柄になっている。
* 高校時代の部活動はハンドボール部に所属していた。
* 1988年の君の瞳をタイホする!で共演して以来、工藤静香と親密になる。工藤のことを「芸能界で唯一、大好きな人」と発言している。
* 1990年代初頭、ニュースステーションで歌を披露したが、曲の最後に「蓮舫歌唱担当」とのテロップ付きで代理歌唱者の歌っている顔が映り、口パクしているのがバレてしまった。蓮舫本人は曲の最後に少しだけ本人の声で歌い、久米宏に褒められていた。
* グラビアアイドル時代、クイズ番組で「独占禁止法」の正式名称(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)が答えられず、島田紳助らから「ホンマに法学部出身か?」といじられ、更に当時の名字「斉藤」をばらされ、「何で知ってるんですか!?」と困惑していた。また、「クラリオンガール1番の貧乳」などともいじられていた。
出演
写真集
* Ren Ho (ワニブックス、1988年)
ビデオ
* ナチュラルな妖精誕生 - Ren Ho (クラリオンソフト、1987年)
テレビ番組
* セーラー服通り(1986年1月 - 1986年3月、TBS)
* 君の瞳をタイホする! (1988年、フジテレビ)
* スーパージョッキー(1990年4月 - 1992年9月、日本テレビ)
* 合コン!合宿!解放区! (1990年5月 - 1991年3月、朝日放送)
* クイズおもしろTV (1990年8月 - 9月、テレビ朝日) - アシスタント
* サラリーマン・アワー 平成のオキテ(1990年10月 - 1996年3月、名古屋テレビ) - 司会
* 桂三枝のにゅーすコロンブス(1990年10月 - 1991年3月、朝日放送) - 2代目サブキャスター
* IKE IKE CLUB (1990年、TBS) - 司会
* マジカル頭脳パワー!! (1991年3月 - 1992年3月、日本テレビ)
* ヒットパレード'90s (1991年4月 - 1991年10月、フジテレビ)
* 3時にあいましょう(1991年4月 - 1992年9月、TBS)
* ニュースに挑戦!あなたの常識(1991年4月 - 7月、テレビ東京) - クイズ番組のアシスタント
* 次男次女ひとりっ子物語(1991年10月 - 12月、TBS)
* スーパーワイド(1992年10月 - 1993年3月、TBS)
* ステーションEYE (1993年4月 - 1995年10月、テレビ朝日)
* 水曜プレステージ(テレビ朝日) - 飯星景子、矢吹藍子との共同司会、その後高市早苗、田中綾子らとの共同司会
* みのもんたのサタデーずばッと(TBS)
ラジオ番組
* BATTLE TALK RADIO アクセス(2003年1月 - 2004年3月、TBSラジオ)
企業広告
* NTT (1988年頃)
* 京阪電気鉄道(1989年秋 - 1991年秋)
* サッポロビール 黒ラベル
政歴
2004年7月、手塚仁雄の誘いで民主党から参議院議員選挙に出馬(東京都選挙区: 定数8・改選4)。比例代表新人の吉田公一との連動で、同じ東京選挙区で民主党現職小川敏夫と共に当選を飾った。この選挙においては、宗教団体・立正佼成会から支援を受けた。同年8月、民主太平洋大会出席のため台湾を訪問し陳水扁総統と会見した。この中で、台湾の世界保健機関加盟や台湾からの観光客に対するビザ免除等を求める陳を支持した。また、マニフェストは「ママフェスト」と称し、子育て支援なども目玉政策として訴えた。
2007年9月、民主党のネクスト年金担当大臣である長妻昭からの要請で、ネクスト年金担当副大臣に就任。2009年10月21日、内閣府が設置した事業仕分けワーキンググループの一つである、農林水産省・文部科学省・防衛省担当の「仕分け人」となった。
2010年6月8日に発足した菅内閣において、内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)に就任。なお6月10日に内閣府にて行われた、就任後初の省庁会見で、会見前の慣例である国旗への一礼を省略した。2010年9月17日に発足した菅改造内閣では引き続き内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)に留任し、国務大臣としての担当事項として「公務員制度改革を推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整担当」も加わることとなった。2011年1月発足の菅第2次改造内閣では、内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)に留任。「公務員制度改革を推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整担当」から外れ、新たに内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全担当)、節電に関する啓発等担当も兼務することとなった。6月27日に閣僚ポストをすべて退任し、内閣総理大臣補佐官に「降格」され、「(首相官邸の)補佐官室には3秒もいられない」と不満を述べたが、この人事は「閣僚としての仕事ができない。官僚は使いこなせず、交渉相手とも良好な関係を築けず、マスコミとの関係も良くなかった。このまま閣内に置くと傷が付く。マドンナとして守るために降格させた」(首相周辺)
のが理由だという。
2011年9月2日に発足の野田内閣において、内閣府特命担当大臣(行政刷新担当)に返り咲く形で就任。。
主張、政策等
* 2010年9月14日の閣議後の記者会見で、尖閣諸島付近で起きた海上保安庁の巡視艇と中国籍の漁船の衝突事故に関連し、尖閣諸島について「領土問題であるから日本は毅然と対応する必要がある」と述べ、「東シナ海に領土問題は存在しない」とする政府の見解とは異なる見解を示したが、同日午後に「尖閣諸島は歴史的にも国際法上もわが国固有のものだ」と発言を修正した。
* 櫻井よしこが民主党の勉強会で外国人参政権に反対する意見を述べた際には、共感の意を示している。
* 2011年、国会会期中に北京でおこなわれた中国日報社と日本の言論NPOが共催する「第7回北京―東京フォーラム」に参加し、「日本は歴史上において中国を侵略した歴史がある。これは非常に痛ましい事実。しかし一部の日本人はこれを認めていない。日本の内閣メンバーはたまに中国の人たちを傷つける発言をしている。学校にしても家庭にしても、日本の若者への歴史に関する教育が足りないと思う。日中戦争のころの歴史に関して、多くの学校は自習という形をとっている」と主張していたことが伝えられている。
事業仕分けにおけるスパコン開発批判
2009年11月13日、民主党政権下に内閣府が設置した事業仕分け(行政刷新会議)の文部省予算仕分けの際、蓮舫は「仕分け人」として次世代スーパーコンピュータ開発の予算削減を決定した。この時に要求予算の妥当性についての説明を求めた発言である「世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょうか?」が話題になった。
この発言の影響で、蓮舫に似た仕分け人が役人をマイクで殴るという携帯電話のゲームまで登場し、2009年12月27日放送の『真相報道 バンキシャ!』に生出演した際にこのゲームが紹介され、「私は役人の人を(マイクで)殴ったりしませんから」と苦笑いしながら答えた。
2010年6月17日、産経新聞などのインタビューで答えて「(日本が)科学技術の分野で一番を目指す。あるいは他の分野でも一番を目指すのは当然だ」と発言。これを産経新聞は「発言を修正した」と評した。2011年3月8日、参議院予算委員会において片山さつきからスーパーコンピューターの世界ランキング1位を問われ「存じません」と答えた。片山は「蓮舫が廃止したお陰で日本の開発が遅れ、中国が1位に躍り出た」と評した。同6月21日、日本のスパコンが7年ぶりに世界一となったことを受けて蓮舫は「極めて明るいニュース。関係者のご努力に心から敬意を表したい」と賞賛した。一方「2位じゃダメなんでしょうか」発言については、自著「一番じゃなきゃダメですか?」において「一部分を取り上げられることに対しても、自分自身の口から出た言葉ですから、私は否定もしないし、言い訳もしません」としていたが、「メディアが勝手に短い部分を流した」」「コメントの前後をみていただければ間違った報道」と反論し、「ナンバーワンになることだけを自己目的化するのではなく、国民の皆様の税金を活用させていただいているので、オンリーワンを目指す努力を期待したい」とも述べた。
発言への反応
*一方で、実務上スーパーコンピュータを日常的に使う計算機科学が専門の東大院教授・金田康正(スーパーπの開発者)は、「一番だから良いわけではない」、千葉工業大惑星探査研究センター所長・松井孝典も「ハードで世界一になればソフトにも波及というが分野で違う」と、「1番ありき」の目的なきハード偏重主義を批判した。また、当時既にアメリカが日本のスパコンの性能を上回る物を開発しており、追加予算を投入しても一位になれるのは最大で半年。コストも性能も上の物が開発されることが明らかになっている状況だった。計算統計力学が専門の菊池誠大阪大学教授は上記発言について、一位になれないことが濃厚であったとしても予算を確保するための助け舟であろうと述べている。
*蓮舫から問われた「世界一の性能にこだわる必要性や、2位にしかなれなかった場合の意義」について研究者側は「とにかく世界一へのこだわり」を示した。このやりとりについてジャーナリストの元麻布春男は「自前で作ることの必然性、世界一を目指せるだけの高額な予算を投じることの必要性を説明できなかったという時点で、研究者側の負けだった」と述べている。
* 池上彰は、2010年7月11日テレビ東京系選挙特番で、蓮舫に対して「『一番じゃなきゃ駄目なんです』が自民党のスローガンになってしまいましたね?」、と事業仕分けの話を交えながら質問したところ、「他党のことはよくわかりません」と答えた。
*2011年6月21日、日本のスパコンが7年ぶりに世界一となったことを受けて、高木義明文部科学相は、この発言との関係について、「科学者が発奮し、むしろバネになった」との見解を示した。
事務所費問題
* 2010年6月9日、自民党は、6月8日に発足した菅内閣の閣僚のうち、蓮舫、荒井聡国家戦略担当相、川端達夫文部科学相の事実関係を政府にただす質問主意書を衆院に提出した。産経新聞の取材に対し、蓮舫の事務所は、蓮舫の自宅に事務所としての使用実態がないことを認めた。しかし「賃借料は、議員会館にいる秘書が日常業務に使う車の駐車場代(月4万円程度)とコピー機のリース代(月1万数千円)だけ」と説明。また蓮舫は、6月9日に生出演した日本テレビ『news every.』において「適正な処理をしている」と発言した。
* 2011年1月4日、公表された参院議員の資産等報告書で、不動産を所有していないと公表、読売新聞社の取材に対して、事務所を通じて、上記の自宅が「土地、建物ともに母親が社長を務める貿易関連会社が所有権を登記している」と回答していた。しかし、直近5年分の政治資金収支報告書には、このファミリー企業からではなく、蓮舫氏本人から無償で提供されたと記載されていた。読売新聞社は改めて、ファミリー企業への家賃支払いの有無や、同社株式の保有状況などを尋ねたが、蓮舫側からの回答はなかった。
公設秘書辞任
2010年6月2日、公設秘書が東京都内で強制わいせつをはたらいたとして、警視庁の事情聴取を受けた。警視庁によると、秘書は痴漢をしたことを認めたが、被害者女性が被害届を出さずに帰ったため、刑事事件とはならなかった。6月3日にメディアが、蓮舫本人に事実関係を確認したが、「痴漢とは聞いていない」、「刑事事件になっていない」、「女性の言い分と食い違いがある」、として公設秘書が痴漢をしたことを認めようとしなかった。しかし、この秘書は6月4日付けで依願退職した。後、蓮舫は「女性として、娘を育てる母として、あってはならないことだ」、と事実関係を認めたが、当時は菅内閣の組閣時期と重なっていたことから、「組閣直前に尻尾を切ろうとしたのではないか」(政界関係者)、「なぜ組閣前は「刑事事件になっていない!」と言い張っていたのか。」、と入閣まで秘書の行為を“隠蔽”していたのではないか、との疑惑が報じられた。
国会内のファッション雑誌撮影
これらの批判に対して、蓮舫は「撮影場所が不適切であるとか、懸念を抱かせてしまったとしたら、率直におわび申し上げる」と陳謝しながらも、「国会議員はさまざまな手段で情報を発信しているが、その一つの手段として雑誌の取材に応えることは大切だ」と述べるとともに、参院議長から注意されたことには「個人的な立場で心配をされている、という先輩議員としてのアドバイスをいただいた」と説明した。
*この件について民主党の羽田雄一郎参院国対委員長は記者会見で「政治活動の一環だと思っているかもしれないが、一般的にどうか。自分と他人のとらえ方は違う」と述べ、蓮舫に閣僚としての自覚を求めた。その他、民主党の若手議員からも、「立法の最高機関である神聖な国会議事堂で、着ている服に値段をつけて掲載するなんて…。営利目的ととられても仕方がない。タレントじゃないんだから」との声があがった。自民党の片山さつき議員は、名指しは避けたが「事業仕分けで数十万円の商店街対策を切られ泣いている人が全国にいる。仕分けをした方が1着百数十万円のドレスを取っ換え引っ換えしている、のを知ったら心中察してあまりある」と皮肉った。
*2010年10月14日、参議院予算委員会にて、小幡幹雄参議院事務総長は、自民党の西田昌司参院議員の撮影許可の経緯についての質問に対して、申請書の撮影目的欄には「議員活動の記録のため」と記載されていたが、宣伝色の強いものであるため注意喚起をした、と答弁した。この答弁に基づいて、西田は蓮舫に対して虚偽の申請をしたことを指摘したが、蓮舫は「参院側から『議員活動の記録のため』と書くように示唆があった。撮影場所の確認時も、参院担当者は『この場所なら大丈夫だ』と言った」と、正当性を主張した。これに対し、小幡は「結果として基準をはずれている」と真っ向から反論、質問した西田は「事実が分かったら、どちらかのクビが飛ぶからね」と両者に対して警告をするとともに、「閣内でしっかり事実関係を国民に説明していただきたい」と菅直人首相に要請、首相も「きちんと確認したい」と応じた。後に蓮舫はこの答弁について「私の誤解に基づいた答弁で、撤回し謝罪したい」と答弁、撤回した。
政治資金報告書不適切記載問題
* 2010年11月19日、蓮舫が代表を務める「民主党東京都参議院選挙区第3総支部」(東京都目黒区)の政治資金収支報告書に不適切な記載があったことが発覚した。同支部の所在地は蓮舫の自宅だが、2009年に議員会館の蓮舫事務所で使用したコピー機のリース代・運搬・回収費など約24万円を同支部の費用として計上していた。会館を資金管理団体以外として使用することを認めないとした国会の申し合わせに抵触する可能性がある。蓮舫は「法律上問題はないが、求められれば訂正したい」と訂正を示唆した。
2011年東京都都知事選挙
* 2010年10月20日、民主党の前首相鳩山由紀夫と実弟で無所属衆院議員の鳩山邦夫が都内で会談し、来春の東京都知事選の候補者選びをめぐり、「いま人気のある蓮舫行政刷新担当相が出馬すれば勝てるのではないか」、との認識で一致した。蓮舫は2010年の参議院選挙で東京選挙区史上最多の171万票をとっており、出馬情報がかけめぐったが、蓮舫本人が2010年10月22日の記者会見で、「出馬の可能性はありません」と噂を否定した。
* 2011年1月7日の記者会見において、「もし適当なところから、さまざまな声をしっかりいただいたなら、検討するのは一政治家として当然のことだ」と発言した。ただし、「現段階では考えていないし、オファーもない」とも述べた。
* 2011年1月23日、フジテレビ『新報道2001』が、来る都知事選の世論調査の結果を初めて公表した(1月20日調査)。それによると、蓮舫の支持率は8.8%だった。ちなみに石原慎太郎が30.8%、東国原英夫が22.6%、舛添要一が12.6%、猪瀬直樹が8.2%、(その他・わからない)が17.0%だった。
暴力団関係者から献金
過去に覚醒剤保持で逮捕され、有罪判決を受けた男性が経営していた企業の関連子会社からから、献金を受け取っていたことが2011年3月3日、週刊誌の記事で発覚した。蓮舫は献金の事実を認めた上で「すみやかに返却する手続きをとっている」とのべた。
東北地方太平洋沖地震に関連する事項
* 2011年3月11日、Twitterでの「皆様、余震に充分な備えをお願いします。落下物におきをつけください。」との発言について、蓮舫が「災害対策予備費」「学校耐震化予算」「地震再保険特別会計」の事業仕分け担当だったことから他のユーザーに「削らした4000億円でどれだけの人々が救われるか」などのバッシングを受け炎上した。一方で「地震再保険特別会計を削ったせいで被害が拡大したって証拠はあるの?」といった声も出ている。
* 東北地方太平洋沖地震後、新たに任命された節電啓発相として2011年3月14日、節電の要請を行うため、東京都知事石原慎太郎を訪問したが、石原から「スーパー堤防、いりますよ。あなたに(「廃止」と)言われたけどね」と蓮舫が建設廃止判定を行ったスーパー堤防の廃止見直しをせまられた。2010年10月に行われた事業仕分けで蓮舫は「二百年に一度の大洪水を想定するのは百歩譲って分かるが、全部の完成まで四百年かかるのは現実的か」「いつまでに整備できるか出口が見えない。お金の使い方として疑問だ」などと批判し、スーパー堤防建設事業を廃止判定していた。
* 東電の計画停電が国民生活に大混乱を招くと、「初めてのことなので」と、阪神・淡路大震災の時に大きな批判を浴びた村山富市と同じ発言を行い、自分自身がパニックに陥って期待された啓発力を発揮できていないと週刊ポストは評している。
その他
* 2010年6月7日に放送したBSフジの番組PRIME NEWSにおいて、与謝野馨が行政刷新担当大臣に内定した蓮舫に対して強い嫌悪感を示していたので理由を聞いたところ、「かつて猪口邦子大臣(当時)に対して『あなたは、だいたい障害児を育てている親の気持ちなんか、まったく分からないような人ですからね』と発言した」と述べ、実は猪口には障害を持つ子供がいることを明かした上で、「実に女の嫉妬心が出ている、いやらしい質問であった、と同時に大変失礼な質問だった」と述べている[これは2006年3月24日の参議院予算委員会において猪口邦子内閣府特命担当大臣(男女共同参画・少子化対策)に対する蓮舫の発言を指しており、実際の発言は以下の通りである(強調部分はwikipedia編集者)]
――お手元にパンフレットの資料をお配りしておりますけれども、この共済制度は障害児の保護者が入る私的保険制度の一種として始まったものです。障害を持つお子さんを育てている保護者の最大の悩み、考えるとつらいのは、自分が死んだ後、子供は生活していけるのか、もっと言えば生きていけるんだろうか、こういう不安の声にこたえたのが障害者扶養共済制度なんです。猪口大臣はこの制度を御存じでしたでしょうか。障害児も大切な命と考えるとこの制度をどのように思われるか、併せてお知らせください。――
また、この質問に「勉強している」と答えた猪口大臣に対して蓮舫は「この質問の通告をしなければ知らなかったと理解をさせていただきます」と返した。(詳細は文頭で紹介したリンク先の議事録で確認されたい)。
* 2009年12月6日、都内において開催された「マザーズセレクション大賞」授賞式に特別ゲストで登場した際に、「家計も仕分ける?」との質問に対して「仕分けられないくらい、我が家は最初から圧縮している」と発言した。その後「私が仕分けるのは国の事業。家庭や子供のことは、なるべく仕分けないようにしている。」と発言している。
* twitterのユーザーで、政治活動から私生活までの出来事を投稿しており、蓮舫のフォロワーは20万人を超えている。
** 2009年12月下旬頃、ホームページのデザインをTwitter風に変更し話題を呼んだが、一部ブログなどでは著作権に対する指摘がなされた。2010年1月1日より、現ホームページデザインにリニューアルした。
** 2009年12月29日、twitter上で『イナズマイレブン2』の改造コードの導入方法を他のユーザーに質問するつぶやきを発信し、フォロワーに「マジコン使ってるのですか?著作権大丈夫ですか?」と質問された。これに対し「意味をようやく理解。完璧にダメですね。」とした上で、息子を説教していると発言し、後に息子と話したうえで、「彼が言っていたのは、プロアクションリプレイ付属のPCアプリケーションでダウンロードした攻略コード」のことであると釈明、息子に聞かれての発言であろう、とされた[「仕分け人・蓮舫議員がTwitterでゲーム改造を仄めかして騒動に」 iNSIDE、2009年12月30日。]。なお、これら発言は蓮舫側が削除したものの、発言に対して多くのツイッターユーザーにリツイート(引用して発言)された。また、これら発言を蓮舫側が削除してしまったことについても、蓮舫は「Twitterの発言は削除しないほうがいいとの御指摘もいただいていますので、今後はそうします。」 と述べた。
* 2010年6月11日、民主党の渡部恒三元衆院副議長はTBSの番組収録で、蓮舫について「国民の人気を取るのにはいい。テレビ用大臣だ」などと述べ、あわてて「内閣の華」と言い直した。
*夫である村田信之も政治家を目指し、2011年4月24日の目黒区議選に立候補したが893票しか得られず、55人中42位で落選した。落選後、「妻に対する世論の批判を受けたのか?」という報道陣の質問に対し村田は、「敗因は蓮舫の夫ということが浸透しなかったこと」と語った。
* 2011年4月15日の参議院消費者問題特別委員会において、「消費者庁を設置するときの一番大切な法律は何か」との自民党の森雅子の質問に対し「消費者庁、消費者委員会を設置する法律」と答弁。さらに森の「消費者委員会設置法ではなく消費者庁設置法」「御存じなかったということで大変びっくりした」との発言に対して「正式法令名は、消費者庁及び消費者委員会設置法」と述べた。
* 2011年7月15日のTwitterで、振込詐欺被害者から申請のない被害金47億円を基金にした、犯罪被害者支援団体への助成を行う担い手団体の公募を発表。これに被害にあったと訴える人からのツイートがあったが無視し星占いについて呟くなどしたため他のユーザーから批判された。
* 2011年7月18日、なでしこジャパンの女子W杯優勝をうけて「なでしこJapan、優勝!!すごいです。」とツイッターに書き込んだところ、行政刷新相時代にスポーツ振興費などを仕分けた実績から、「スポーツ振興金をゴッソリ仕分けられたなでしこジャパン。給料は0円~10万円の極貧生活」などと批判が集中、炎上した。これに対して蓮舫は「振興予算を天下り団体が『中抜き』するよりも、チームにしっかり払う方が手厚い振興になるというのが仕分けの議論だった」「(仕分けは)天下り先の人件費に回っているのではないかという視点で議論した」「当時の議事録をぜひ参照してほしい」と反論。また文科省の競技スポーツ課は、「削られたのは、ジュニアやコーチの育成といった、選手強化には直接的に関係のないJOC独自事業の部分です。選手らの合宿費、遠征費やコーチ強化費といった事業については、減らされずに守られています。JOC独自事業も、別のスポーツ振興基金などを通じて、ほぼ同じぐらいの額が出て、継続されています」と否定。また今回のW杯の費用についても額は減っていないとしている。ただし、日本体育協会の補助金は減っているため女子サッカーの普及に多少の影響はあるかもしれないとしている。
*2011年8月29日に行われた民主党代表選挙で選出された野田佳彦新代表について「私が参議院議員に当選してからこの7年間、本当にこの人をいつか総理大臣として、国家のために働いてもらいたいと思っていた大先輩が、野田佳彦さんです。その意味では非常に感無量です」と述べた。
所属議員連盟
* 民主党日韓議員交流委員会
* 日中友好議員連盟
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